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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)103号 判決

一 前掲請求原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。

アントラキノン法による過酸化水素の製造において、メチルナフタリン(キノン溶剤)と有機燐酸エステル(ハイドロキノン溶剤)の混合物を使用する従来方法(成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例の発明がこれに当ることが認められる。)が公知であつたこと、これに対し、本願発明において反応逓伝体の溶剤として使用されるポリ置換アルキルベンゾール(キノン溶剤)とトリ置換有機燐酸エステルとの混合溶剤が新規の選択であつたことは当事者間に争いがない。

そして、本願発明の作用効果として、少くとも、HETS値が、従来方法と比較して、塔形式を同じくした場合、抽出段において約一五%減少し、横断面負荷において約二五%増加し、また、ポリ置換アルキルベンゾールの粘度がメチルナフタリンのそれより著しく小さい性質のため、水素添加段及び酸化段においてそれぞれ原告主張のような利点があることは被告の認めるところであり、成立に争いのない甲第二号証(本願特許願)を参酌すると、右のように、HETS値が「抽出段において約一五%減少」するとは、使用する充填塔の実際上の高さが一五%低くて足りるため、その高さを維持するならば、過酸化水素抽出の効率が実質上約一八%増加することを意味し、また、「横断面負荷において約二五%増加する」とは、同じ横断面積の充填塔に作業溶液を二五%余分に流すことができるため、過酸化水素抽出量がそれだけ増加することを意味し、したがつて、本願発明の装置収量は従来方法に比して少くとも充填塔の右のような高さと面積との相乗作用による倍率の増加を示すものであることが認められ、また、右甲号証に成立に争いのない甲第六号証を併せ考えると、従来方法には、水素添加段における濾過段の閉塞、酸化段における気泡形成、抽出段におけるエマルジヨン形成及び劣悪な洗浄度等、過酸化水素の収率を低下させる多くの要因が存したが、本願発明において、前掲混合溶液を新規に選択したことにより、収率低下の要因がすべて解消されるに至つたものであること、なお、本願明細書において推奨されるポリ置換アルキルベンゾールとトリオクチルホスフエート(トリ置換有機燐酸エステルに属する。)との混合比の範囲内たる前者が七〇・五%、後者が二九・五%の容量比率による作業溶液を使用して本願発明を実施したところ、過酸化水素の生産量が従来方法のそれの約二・三倍に達したことが認められ、これらの事実から推せば、本願発明は、新規の方法により過酸化水素の装置収量を従来方法の約二倍に増加させる作用効果があるものと認めるのが相当である。

ところが、本願出願当時、一般に、キノン溶剤中アントラキノン溶解能の最も優れたものがメチルナフタリンであるとされていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証(第一引用例の改良発明)によれば、第一引用例の発明(従来方法に当る。)特許後その改良発明の出願当時、その発明者らの間の解決課題としては、ただ、ナフタリンに高度の溶解力を有するハイドロキノン溶剤を混合しなければならないとされていたことが認められるので、本願発明が、従来方法の混合溶剤中のメチルナフタリンに代えて、それよりアントラキノン溶解能の劣るポリ置換アルキルベンゾールを選択し、これにより、かえつて、前記のように従来方法の約二倍に達する顕著な装置収量の増加をもたらしたことは、他に特別の事情のない限り、当時の技術水準においても予想外のことに属したものといわざるをえない。もつとも、成立に争いのない乙第一号証(昭和三二年一〇月一二日出願の特許公報)によれば、ポリ置換アルキルベンゾールに属する第三級プチルトルエンは、その粘度がメチルナフタリンより小さいため、本願出願当時、その性質を利用して過酸化水素製造の溶剤として使用されることが知られていたことが窺われるが、同号証には、その方法において使用されるハイドロキノン溶剤と本願発明におけるそれとの同一性、キノン溶剤との混合溶剤の粘度等について何ら触れるところがないから、同号証の方法から、本願発明の前記のような作用効果を容易に予測することはできないものというべきである。

以上の次第で、本願発明は新規の方法による、そのように顕著な作用効果があるのに、審決は、これを看過して、第一、第二引用例との対比上、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法たるを免れない。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

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